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鵠が掛けし霜の帷子 |
浜菅 |
水烟る湖に捨舟うらみせて |
涅阿 |
をちこち糸を垂らす釣人 |
佐為 |
月あかり昼かとまがふ影法師 |
涅阿 |
よすがら庭にすだく虫の音 |
佐為 |
野にやどる過客は露に濡れるらん |
涅阿 |
山をしるべのみちのはるけさ |
佐為 |
(初折 裏) |
悠久の時をたゆまず大河ゆく |
涅阿 |
雪間の草に春のおとづれ |
佐為 |
来てみれば霞みの奥に不二見えて |
涅阿 |
城の甍に風光りけり |
佐為 |
ふるさとは変はらぬままがありがたき |
涅阿 |
初恋の人今もわが胸 |
正純 |
儚くもをさなきどちの契りにて |
佐為 |
おもひで溢れ出づるあき風 |
涅阿 |
くもりなき月はこころを映すらん |
佐為 |
寝るさへ惜しき夜の菊の香 |
涅阿 |
神仏の幽かな波動身に感じ |
佐為 |
わびすむ庵も御殿とぞなる |
涅阿 |
もゝちどり深山に花の咲き初めて |
佐為 |
帰へさ小川に根芹摘みをり |
涅阿 |
(二の折 表) |
片もひの君すむ方は遠がすみ |
佐為 |
なしのつぶてのふみのむなしき |
涅阿 |
夢やぶれ帰国と友のうわさ聞く |
佐為 |
むしろ憂きものひとのなぐさめ |
涅阿 |
詮ずれば苦労ばなしも自慢なり |
佐為 |
更けて音なく積もる初雪 |
涅阿 |
つぎつぎとなき人浮かぶ小夜時雨 |
佐為 |
濡るる蓑笠縋るひとすぢ |
稔 |
庵住に飽きては出づる旅ごろも |
涅阿 |
花追ひ人の性もかなしや |
佐為 |
玉盈(たまもひ)に映る月かげ朧なる |
稔 |
たどればあやし春の夜の夢 |
涅阿 |
極楽も地獄もおのが心にて |
佐為 |
ありのすさびの糸竹のみち |
稔 |
(二の折 裏) |
流されし身に情け染む須磨明石 |
涅阿 |
藻塩のけぶりなびく浦風 |
佐為 |
わりなくも縁を断つや迎船 |
稔 |
日々孝行はすべきものかな |
涅阿 |
雁さへもひととせ一度かへる里 |
佐為 |
さらぬだにしむ秋の夕風 |
稔 |
弓張のいづれ満つらん酒の酔ひ |
涅阿 |
虫のこゑにもあるや序破急 |
佐為 |
ここと知る御代つかの間の都跡 |
稔 |
四方の田面を吹きわたる風 |
涅阿 |
ゆるぎなき山の姿に気が晴れて |
佐為 |
空はのどかに春あさぼらけ |
稔 |
桜こそ造化の神の佳作なれ |
涅阿 |
無心に蜜をあつめ飛ぶ蜂 |
佐為 |
(三の折 表) |
一刺しに相対死にとすがる恋 |
稔 |
よよと涙に濡るるきぬぎぬ |
涅阿 |
なきつまのおもかげ追へば夢うつつ |
佐為 |
なにを名告るややまほととぎす |
稔 |
ゆくりなく門を出づれば青時雨 |
涅阿 |
霑(しほ)れし野仏の笑みはかはらず |
佐為 |
あらましのいまはつきぬる老いの身に |
稔 |
なほつれなくも止まぬ木枯らし |
涅阿 |
あかあかとともる家の灯冴ゆる夕 |
佐為 |
繊月寒く出づる山の端 |
稔 |
世に古るもまなこ冷まじ阿吽像 |
涅阿 |
托鉢終へし僧あどけなき |
佐為 |
手習子寺小屋帰りふと見染め |
稔 |
おもひたくさんひらがなのふみ |
涅阿 |
(三の折 裏) |
英雄になれど息子は異国にて |
佐為 |
母の「いしよのたのみ」胸うつ |
稔 |
たはれをを悔いて四十路で身を固め |
涅阿 |
かすみの晴れて見えし道筋 |
佐為 |
吹く東風もそふるめでたき花の宴 |
稔 |
ひと差し舞へば和すや鴬 |
涅阿 |
こゝろみに引いた神籤に吉が出て |
佐為 |
舫ひ綱解き漕ぎ出す岸辺 |
稔 |
旅に死す覚悟はとうに隅田川 |
涅阿 |
おもへば遠き空よ陸奥 |
佐為 |
のがれたる一本松を月照らす |
稔 |
末枯れし野をつつむ夕闇 |
涅阿 |
来ぬ人を待つはむなしき虫の声 |
佐為 |
かずにあまれる身のおもひ憂し |
稔 |
(名残折 表) |
妻の座を奪ひ盗らんやみだれ髪 |
涅阿 |
すずしき顔で道を説くきみ |
佐為 |
さればいざさなむかくなむ分けてみよ |
稔 |
十中八九もめるさうぞく |
涅阿 |
ひとはみな修羅にもなれば仏にも |
佐為 |
塔の上なる冴ゆる寒星 |
稔 |
あやぶみし年越できるありがたさ |
涅阿 |
ふうとため息浸かる柚子の湯 |
佐為 |
刺青もともに老いたり鯔背肌 |
稔 |
軒端をかりてしのぐ夕立 |
涅阿 |
つばめの子みなそつくりの口あけて |
佐為 |
夕べ門田をわたる涼風 |
稔 |
ひんがしの山際あかり月出づる |
涅阿 |
祈りおのづと五山送り火 |
佐為 |
(名残折 裏) |
鉦叩一院の闇深きより |
稔 |
そろりと歩む雨後の延段 |
涅阿 |
能の舞急にわからぬ面白さ |
佐為 |
眉白妙の翁出でまし |
稔 |
神さぶる千代の松が枝苔むして |
涅阿 |
清き社に満つる春光 |
佐為 |
花の下ほどはとはれぬ連歌の座 |
涅阿 |
善男善女を撫づる軟東風 |
佐為 |